芦屋マダムやん|ほんまでっか
あなたどこに住んでんの?
兵庫県の芦屋市です。
へえ芦屋マダムやん(笑)
・・・・
ちょっと芦屋マダムの定義や由来をぐぐってみましたよ。
1)芦屋マダムか芦屋夫人か
少し古い時代(1933年ごろ)に、作家で演出家の丸尾長顕さんが
週刊朝日の懸賞に当選したときの小説「芦屋夫人」(ルビで夫人はマダム)が、芦屋市を全国的に有名にしたことが芦屋マダムの始まりだとも言われています。
丸尾長顕氏は1901年生まれ、関西学院卒業、宝塚歌劇団の文芸部所属、
機関紙「歌劇」の編集長を勤め、この芦屋夫人発表後は作家と舞台演出家で活躍、
1951年には日劇ミュージックホールのプロデューサーとなり、踊り子を養成し、ヌードショーを名物にし、芸術的なものにした。(wikipedia)
ともあります。
大人の粋人だったのでしょうか。
さて、昔は芦屋夫人といわれ、今では芦屋マダムと揶揄されますよね。
レスペクトされているという感覚はなく、むしろ「ええとこ住んでるやん」「大丈夫?」
また「いいところにお住まいなんですね」から、 「・・・・」と会話が止まるときもあります。
言われるほうにはそんなセレブ意識はなく、気恥ずかしいかぎりとなるのは、私だけでしょうか。
2)小説などでは
随筆『芦屋夫人(抄)』大宅壮一/1998.4著
『白洲正子全集 第1巻』(新潮社 2001.5)に随筆として『芦屋夫人』があり
また丸尾長顕のことを“「大人の文化」を体現する
いわゆる「芦屋マダム」の
イメージを仕掛けた人物ともいえます。” とあり。
また婦人公論やファッション誌など、
さらにTVなどのメディアでも取り上げられて有名になったのです。
(レファレンス協同データベース から引用)
3)小説と夫人
芦屋夫人より以前には
大岡昇平の『武蔵野夫人』
武田繁太郎の『自由が丘夫人」
また銀座夫人などの当時の「有閑マダム」の生活が描かれ評判になりました。
4)芦屋マダムの定義
定義はないようです。昔風に云わせていただければ「芦屋に住む有閑マダム」なのでしょうね。
しかし良い意味では、あの芦屋市在住だった文豪・谷崎潤一郎が
芦屋を舞台描く『細雪』に登場する姉妹のイメージなんでしょうね。
最近の刊行物では、『芦屋スタイル』(江崎美惠子著)/講談社)があります。
江崎さんは、昭和23年生まれ、兵庫県芦屋市育ち。甲南大学在学中に勝久氏と結婚、隣接の神戸市や西宮市に住んだこともあるが、再び芦屋に戻り、30年。生粋の芦屋マダムだ。37歳のときには得意の料理の腕を生かしたいと、一念発起し料理学校に入学。調理師免許を取得し、平成3(1991)年からは自宅で料理教室を開いている。
江崎グリコ社長夫人が、出版社から「芦屋マダムの目線で若い人に向けたマナー本を出してもらえないか」と持ちかけられ、
引き受けることにしたが、「単なるマナー本ではおもしろくない」。
そこで江崎家の生活や、3人の子育てなど、自分の体験にも触れながら、
マナー(作法)を説く本を作ることにした。(サンケイWEST から引用)
とありました。
芦屋マダムとしてのライフスタイル本ですので、芦屋マダムの一端が書かれています。
あとがき
芦屋マダムとはこうあってほしいというものです。
「芦屋に長年住み、女性の品格と美しさ、また社会活動でレスペクトされるエスタブリッシュ」が真のセレブリティなんでしょうか。
間違ってもブランド外車とファッションで固めたマナー違反のグルメ狂いではニグレクトされまっせ。
(つづく)