テアトル東京のM氏から映画の鑑賞券を頂いたので、年末はカミさんと銀座、新宿に出かけた。
M氏とは、かれこれ20年近くのお付き合いになる。
1980年代後半に、テアトル東京が情報システム部を分社化した時に、M氏はその子会社の社長に就任し、かれこれ10年以上に渡って事業を育ててこられた。
このように、独立採算と将来の高度情報化社会に備えた種蒔きを目的として、社内システム部門を子会社化することが、当時、結構流行した。
最近、テレビCMや株価で話題のCTCも伊藤忠商事の情報関連子会社として、独立させて成功した「モデルケース」である。
今回M氏は、子会社社長の任を解かれて、本社の企画室に戻られたご挨拶に来社された。
話は映画の鑑賞券であるが、我々夫婦が10日間で2個所の映画館に出かけたということは、結婚以来20数年なかったことである。
カミさんは、映画を見ることが趣味といっても過言ではなく、隔週に4〜5本はビデオショップから借りてくるレンタルテープとテレビの映画番組を観ている。
私が趣味であるテニスに、この10年間で約2500時間費やしていることを思えば、彼女は同じ位の時間を映画鑑賞にあてている計算になるので、これは立派な趣味といえる。
この20世紀最後の年末は、映画館でのデートと洒落こんだのだ。
12月23日は、テアトル銀座で「私が愛したギャングスター」を観た。
この映画は、アイルランドの首都ダブリンで暗躍した窃盗団の首領"マイケル・リンチ"が主人公であり、軽快な音楽と胸の透くような格好のいい映画であった。
今日29日は、テアトル新宿に出かけて、往年の名脇役であった"殿山泰二"の生涯を描いた「三文役者」を観てきた。
こちらは、映画の制作現場に生きた"鯛ちゃん"こと殿山鯛次の生き様を竹中直人が演じて、俳優・酒・女をテーマに繰り返し描写する、よくある「ご存知の日本映画」であった。
私の好みで申し訳ないが、この2本の映画の比較では「私が愛したギャングスター」に軍配をあげた。
この映画の邦題を頼りに文庫版を捜したら、発売されていたので購入した。
原題は"Ordinary
Decent Criminal"、著者"Gretta Curran
Browne"、訳者は「葛山 洋」である。
本と映画を比べた場合に、本の方がより描写が細かく、リアリティがあり、想像性も掻き立てられる、という記憶が多いが、今回は映画がよかった。
また、毎月愛読しているNHK英会話の2001年1月号(86ページ)に、この「私が愛したギャングスター」の映画監督を紹介するページがあった。
このページは、"My
Dog-Eared
Book"「私の本棚から」というコラムで、22回目の案内人が"Thaddeus
O'sullivan"(サディウス・オサリバン)である。
サディウス・オサリバン監督は、1947年、ダブリン生まれである。
ダブリンについては、カリフォルニア在住の増田さんのホームページ「ちょっとだけダブリン」を紹介したい。
http://www10.u-page.so-net.ne.jp/us2/masuda/dublin/dublin_main.html
高校を卒業後、英国に渡り、ロンドンで3年間様々な仕事を経験した後に、美術学校や映画学校へ通うようになって、ようやく自分の道を見つけることができたそうだ。
70年代から撮影監督として活動してきて、前作(95年)の『ナッシング・パーソナル』は、北アイルランドを舞台にした人間ドラマの秀作として、世界中で話題を集めた。
この映画は、北アイルランド紛争を扱っていて、メッセージが多すぎたので、その反動から"軽やかなエンターテイメント"を作りたくなり、今回の映画『私が愛したギャングスター』となったそうだ。
70〜80年代に銀行や名画の強盗犯として世界中に名を馳せたアイルランドの実在の強盗"マーティン・カヒル"を扱ったが、史実に忠実であるよりも「もしも、こんな人物がいたら…」という想像の部分を強調した、とのことである。
主人公のマイケル・リンチを、ケビン・スペイシーが演じていて、悪い奴なのに魅力的であり、どこか空想の世界(ファンタジー)を観ているようだった。
思わず、「こんな男になれたらいいな…」とにんまり、幸せな気持ちで、映画館を後にして、銀座のカフェにカミさんと寄り道をした。
今日のテアトル新宿からの帰り道では、池袋の「さくらや」で我が家用のLAN機器(8ポートのハブ、LANカード、ケーブル)を購入してから、裏手にある「橘」で食事をした。
この「橘」は、母娘の二人が営む小料理屋であり、富山の銘酒"銀盤大吟醸"に"川越の豆腐"と"みょうがをまぶしたマグロのづけ"が我々夫婦の好みである。