「村上春樹:ダンス・ダンス・ダンス(下)」より
「ねぇ、ママのことをどう思った?」とユキが僕に訊いた。
「初対面の人のことは僕には正直言ってよくわからない」と僕はしばらく考えてから言った。
「考えをまとめたり、判断したりするのに割に時間がかかるんだよ。頭がよくないから」
「でもあなたちょっと怒ってたでしょ?違う?」
「そう?」
「うん。顔を見ればわかる」とユキは言った。
「そうかもしれない」と僕は認めた。そして夜の海を眺めながらピナ・コラーダを一口すすった。
「そう言われれば、ちょっと怒っていたかもしれない」
「何に対して?」
「君に対して責任を取るべき人間が誰一人として真剣に責任を取っていないことに対して。でも無駄なことだな。僕には怒る資格なんかないし、僕が怒ったって何の役にも立たないもの」
ユキは皿のプリッツェルを取ってポリポリと齧った。
「きっとみんなどうしていいかわからないのよ。何かやらなくちゃとは思ってるんだけど、どうすればいいかがわかんないのね」
「たぶんそうなんだろうね。誰にもわかってないみたいだ」
「あなたにはわかってるの?」
「暗示性が具体的な形をとるのをじっと待って、それから対処すればいいんだと思う。要するに」
ユキはTシャツの襟もとを指でいじりながらそれについて考えていた。でもよくわからないようだった。
「それ、どういうこと?」
「待てばいいということだよ」と僕は説明した。「ゆっくりとしかるべき時が来るのを待てばいいんだ。何かを無理に変えようとせずに、物事が流れていく方向を見ればいいんだ。そして公平な目で物を見ようと努めればいいんだ。そうすればどうすればいいのかが自然に理解できる。でもみんな忙しすぎる。才能がありすぎて、やるべきことが多すぎる。公平さについて真剣に考えるには自分に対する興味が大きすぎる」