今年の夏は暑かった。
私の手帳の記録では、7月6日(火)から8月14日(土)までの40日間真夏日が続いたことになる。
この8月14日(土)は、元DECの同僚(通称、マリリンさん)にお願いして、鶴瀬にある豊島区の総合グランドのテニスコートでの練習会に参加させてもらった。
この練習会の皆さんは私より歳が一回り以上若い方々で、はつらつとしていて、自分自身も若返った気持ちになる(他人力による効用は大事です)。
練習参加者の皆さんは、暑い暑いと言いながら9時頃から13時までみっちり4時間の練習をこなしていました。
練習会の帰り際に、リーダーのNさんから「もしよろしければ、これからも参加しませんか」と暖かい言葉を頂いた。これからの土曜日の午前中のアクティビティが楽しみです。
表題のSPMワークショップであるが、昨日(8月30日)から2日間、有楽町の国際フォーラムの会議室で開催された。
SPMについては、当東京見聞録のPage.47、2002年11月9日(土)「プロジェクトマネージメント試食会」ですでに紹介している。
今回アイルランドのダブリンから来日したファーガソンさんは、このSPMを考え出した本人であり、ETP社の社長である。
このワークショップを一言で表現すると、内容が具体的であり,本質的であることだ。
すぐに実践に応用することができる。
その一方で、プロジェクト管理というものをどう捉えて、どのように自分自身が取り組んでいけばいいのか、という示唆に富んだワークショップになっている。
このワークショップの参加者は、自分が会社で抱えているプロジェクトを例題として持ち寄り、実際のプロジェクトをこの手法で整理しながら、課題や問題点を抽出していき、解決策を考えていくのだ。
一緒に参加していたF社の方々はPMPの資格も持ち、会社ではプロジェクト管理オフィスの部署にいらっしゃる専門家であり、大変興味深いお話を伺うことができた。
また、SPMを創出したファーガソン本人から直に話をお聞きできたこと(彼は半月毎にダブリンとフランスのニースで生活をしているので、アイルランドとフランス語の訛りがある)は有益であった。
彼はこれまで世界中で、このようなワークショップを200回開催してきたそうだが、主催者である福長さんには、そのような実績に裏打ちされたこのSPM手法をこれから日本で広めていって欲しいものである(微力ながらお手伝いをさせて頂きたいと思う)。
次のテーマは第28回2004年アテネオリンピックである。
8月11日からサッカー競技が始まり、開会式は8月13日、一昨日の8月29日に閉会式があった。
週間文春9月9日号に、二宮清純(スポーツジャーナリスト)氏の興味深い記事があったので、ここでご紹介したい。
2004年アテネ五輪は金16個、銀9個、銅12個と'64年の東京オリンピックの大会金16個に並んだ。
メダル総数は、'84年のロス大会の32個を5つも超えた。
躍進の理由は、経験値の高い選手が多く、国際経験も豊かで、プレッシャーをむしろ糧にできたことや、スポーツ科学研究所に代表されるように、ロジスティックチームによる選手支援体制が整ったこと、そして、外的要因として、東西の冷戦構造がしばらく続き、スポーツを国威発揚に利用する国が減ったことがあげられる。
また、テロ予防策として、ギリシャへの渡航自粛要請を出した国もあって、現地の会場はどこも50〜80%の入りで、相対的に日の丸の占拠率が高かった日本選手にはアドバンテージであった。
しかし結果としては、〇〇ジャパン(長島:野球、柳本:女子バレー、山本:サッカー)といった期待された団体競技は全てだめで、金16個のうち、団体で取れたのは28年ぶりの男子体操だけであった。
体操の団体といっても個人の得点の総計で、厳密にはチームワークの勝利とはいえない。
一言でいえば「強い個人と、弱いチーム」という結果である。
個人なら優秀なコーチさえついていれば、目覚めたものから先に進むことができるが、チームはそうはいかない。
全員が目覚めるか、とびっきりのリーダが現れないと戦う集団にはなれない。
目覚めた者が先に行く。
なにやらこの国の様相と酷似してはいないか。
これからはいかに目覚めた「個人」を、いかに弱体化した「組織」に落とし込むか。
そして「組織」を勝利に導くか。
五輪スポーツの課題は日本社会の課題ともいえる。
皆さんは、二宮さんの意見に対してどう思われるか?
(つづく)
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